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布教の家は決して、練習所でも研修所でもありません。
ひたすらにをいがけ、おたすけを実践する場です。

布教。道を歩むようぼくにとって大切なことです。
布教の家は、布教を志す者が実際ににをいがけ、おたすけに明け暮れる場を提供します。ただ歩くだけではなく、そこに喜びの心を持てるように、そして歩きながら自らの信仰を見つめ直す場でもあるのです。
北海道から九州まで。全国に男子寮13カ所、女子寮3カ所の布教の家がようぼくをお待ちしています。

布教の家の設立は、今から57年前にさかのぼります。
当時、戦後の厳しい生活難の中、お道の布教師は野宿のような状況で布教をしていました。そんな状況の下、教区の好意により、単独布教師に教務支庁舎の一部が提供され、定住地をご守護いただくまで、そこを拠点として布教に歩いたのです。それが布教の家の始まりです。
従って、布教の家をつくって布教師を育てたのではなく、まず布教師がいて、布教の家ができたのです。

このような成り立ちからも分かるように、布教の家は決して布教の練習所や研修所ではありません。ひたすらにをいがけ、おたすけを実践する場です。
育ててもらう所ではなく、自らが布教師として育つ所なのです。
教祖のひながたを、万分の一でもたどらせていただこう。たすけ一条の歩みこそがようぼくの使命である。この決意と情熱を胸に入寮し、1年間その心を倒さないように通る所です。
ただ、身構える必要はありません。教祖のひながたは、誰もが通れる万人のひながたなのですから。

毎日の布教道中は、晴天の日ばかりではありません。そんなとき支えとなってくれるのが、寝食を共にする仲間です。さらに仲間は良きライバルでもあり、互いに切磋琢磨する砥石(といし)でもあります。
また各寮には、寮長はじめ育成員がいます。教区管内の布教経験豊かな方々がその任に当たりアドバイスします。
各寮には、長年続いてきた寮のカラーがあります。もちろん地域的な特色もあります。どの寮も、ただ教祖のひながたを真っすぐ通るために、素直に神恩報謝のにをいがけ、おたすけを実践するために、寮生たちと正面から向き合って取り組んでくださっています。

布教の家の生活は1年間。この1年間に味わう貴重な経験は、かけがえのない心の宝だと卒寮者は言います。その後も現地に残り、布教を続ける人も数多くいます。
またこの1年間は、完全に布教の家の生活に没頭する生活です。原則としてそれぞれ教会のご用や私事とは無縁の生活です。それによって素直に真っすぐにひながたを通る基盤がつくられ、生涯の布教生活の心を定める貴重な仕切りの1年となるでしょう。

私たちようぼくは、定命を25年縮めて現身をお隠しになられてまで世界たすけをお急き込みくだされた教祖の思召に何としてもお応えしなければなりません。私たちが歩む道は、たすけ一条の道あるのみです。そのために教祖はひながたをお示しになり、道の先頭に立ってお導きくだされています。
しかしながら、頭はそう思っていても、生活に追われてなかなか思い切って布教に徹することができない自分がいるのではないでしょうか。
思い切って布教に出ましょう。この1年を仕切って、思い切って飛び込んでください。
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